
(続)amazonさん、もう少し考えませんか?に書いたamazonのレビュー記事の件が改善されていた。
「人種差別」という大きなテーマを背景にした2冊の本を、同じモノとして扱う事に対して感じた「違和感」にこだわってみたのだが、正直言って何の達成感も感じなかった。
こういう「活動」が無意味とは言わないが、妙な達成感に気を良くしてモチベーションを高めてしまうと、いずれ「活動家」になってしまうのかもしれない。
しかし、社会的・道徳的に「善」であることを根拠としていても、その活動を通じて「他者を屈服させる」快感を得ることが目的と化してしまうと手がつけられなくなる。
(HOTWIRED JAPAN:ネットにはびこる小児性愛者を取り締まる自警団で紹介されている集団も、表向きは「小児性愛者の追放」のために「小児性愛者(の疑いがある人物)」を社会的に破滅させることを活動の成果としているようだが、記事を読んだかぎりでは、建前である「小児性愛者の追放」ではなく「破滅させること」自体が目的化しているように思えた。)
活動の趣旨そのものが正当な場合こそ、自分の真の目的が「陰湿な喜びを得ること」に変質していないか、常に自己診断する必要があるのだろう。
投稿者 Kobito : 2005年09月21日 02:20




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