論点がずれてるのだ。
昨今の主要なオープンソースソフトウェアの開発はボランティアが無償で行っているものではない、少なくともそれが多数派ではないという立場にわたしはいるから多分彼とは話が合わないのだろう。話が合う訳が無い。
未来のいつか/hyoshiokの日記:八田真行のオープンソース考現学
八田氏の言うオープンソースの貢献者というのはボランティア(自発的な参加者)を暗黙のうちに仮定しているのではないだろうか。暗黙もなにも、八田氏の記事を「その気があるのならボランティアに参加しませんか」という内容にしか読めないのは私の読解力に問題があるのだろうか。
LinuxもJBOSSもMySQLもPHPも開発の多くはその開発によって給与を支払われているプロによって行われている。もちろん無償のボランティアの貢献も非常に重要だしその重要性は失われていないがそれでもその開発力のバランスはアマチュア(それによって報酬を受けていない人)ではなく、プロ(それによって報酬を受けている人)に移ってきている。という事を否定はしないし、
だから彼の言う人材不足の一番簡単な解決方法はスポンサーを見つけることに尽きる。それ以下でもそれ以上でもなく、スポンサーをみつけることに尽きる。能力がどうだこうだというのはまったくのナンセンスである。市場では能力はお金で買えるのである。能力、時間はお金と交換可能というのが市場なのである。にも一理有るとは思う。
が、Linuxはプロダクトを販売そのものを生業にしている企業が存在し、JBOSSやMySQLは企業がプロダクトの開発主体であることに触れずに「給与を支払われているプロによって行われている」から「カネ」と言うのは乱暴すぎやしないか。
完成するかも分からないスタートアップのOSSプロジェクトに資金を投入する企業が現れる訳が無い。動くモノが有り、分かり易く利益に直結するからこそカネを費す企業が現れるのであって、必然的に「後乗り」にならざるをえない。
では、モノを育てるのは誰か?
また、IBMなどの世界的大企業が後押しするLinuxは必要な能力を賄えるだけのカネを有しているはずなのに、より貧乏なFreeBSDなどと比較して、圧倒的に優れていると断言されないのは何故か?
カネ以外の「何か」をインセンティブに能力を提供するボランティアの存在に他ならないのではないか。
カネが不要とは言わないが、それだけが全てでもないと思うのだ。
その後も「カネと能力」に触れて、いろいろと言ってるけど、
おれにお金と時間を与えてくれ、いいコードを書く。というのがプロのプログラマである。なんて、カネと時間を与えられれば、良いコードを書くのは当り前じゃないの?
つか、「解決する意思が有り」という条件下であれば、「使いかたを間違えなければ」という注釈が付くにしても、カネか時間があれば大概の事は解決できる、と思うけど。
投稿者 Kobito : 2005年10月06日 00:57




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投稿者 Gxdfgoak : 2009年07月14日 06:48
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