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[ 時事 ] 何かを企んでいる

このBlogでも以前に話題にした中西準子氏に対する名誉毀損訴訟は、どうにも怪しい感じになっているようだ。

わたしのイメージでは裁判とは物事を整理することで結果としてアイマイな部分からはっきりしているところを抜き出して、社会が合意できる形にまで整理して判決が決まる、というものだと思っています。 つまり裁判の進行によって段々議論の幅が狭くなるものだと思っていました。ところが今日の原告側の主張はどう考えても議論の幅を広げるものでした。 ますますワケが分からなくなって来ました。 酔うぞの遠めがね:中西裁判・2006.4.14
裁判については私も同様の印象を持っているし、またそうあってほしいとも思うわけだが、継続して裁判を傍聴されている酔うぞの遠めがねさんですら「ワケが分からない」のだから、合意どころか、何らかの結論を見いだす方向にすら進んでいないと言う事なのだろう。

この裁判についての詳細は環境ホルモン濫訴事件:中西応援団を見てもらいたいが、この裁判のポイントは、名誉毀損の根拠が明示されていないのに名誉毀損訴訟が成立し、裁判が維持されている、ということだと思っている。
何気なく書いた批判的な文章がもとで、よく分からない理由で突然「被告人」にされてしまう可能性が誰にでもあるというのは、考えるだけで恐ろしい事ではないだろうか。
私のような「その他大勢」Bloggerにとっても決して人ごとではないのだ。

インターネット上の言論を特別扱いするつもりは無いし、訴訟が成立するだけの理由があるのであればむしろそれで当然とも思えるが、原告側の目的が「毀損した名誉の回復」ではなく「批判に対する威圧・弾圧」だった場合、相手が「被告人」という肩書きがもたらす不利益に耐えられなくなるまで裁判を維持し続ければ「勝ち」なのだから、むしろ訴訟の根拠自体が明確でない方が原告側には都合が良さそうだ。
そう考えると、強い批判は訴えられたら負けてしまうかもしれないし、トーンダウンした意見は裁判を長期化されてしまい、裁判には勝っても社会的には負けてしまうかもしれないので、結局のところ何に対しても批判的な事は何一つ言えなくなってしまう。
原告側にとって中西氏は単なるスケープゴートでしかなく、反対意見に対する示威の手段として訴訟を起こしたようにしか思えないのだが、原告側の真意は裁判が進めば明らかになるのだろうか。

同時期に、原告側が裁判の進展に協力的とは思えない点や、裁判を「インターネット上の言論」に対する威圧・弾圧の手段として利用している(ように見える)点などが似通っているように思える「ラーメン花月・平和神軍事件」の裁判が進んでいるのは決して偶然ではなく、インターネット上での言論が訴訟沙汰に繋がりうるだけのボリュームを持った事の現れなのだろうが、これらの裁判の決着の仕方次第では、インターネット上での言論が一掃されてしまう可能性だって否定は出来ない。
どちらの裁判も注目し続ける必要がありそうだ。

投稿者 Kobito : 2006年04月15日 00:50

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