私のヨメと、ヨメの母親ははっきり言って仲が良く有りません。
いろいろと訳あってヨメの実家に住まいするようになって7年くらい経ちますが、そろそろ限界かも、と言う気もしています。
ヨメの母親は良くも悪くも「自分が大事」な人で、傲慢というよりは、むしろ古い少女マンガの登場人物のように「自意識過剰で」「無邪気に自分を中心に物事を感じる」ようなタイプ、というとイメージできるでしょうか。
なんとなく、「自分大事」な人というのは「親」にはなりきれないような印象を持っていましたが、ヨメの母親も例外ではないようで、ヨメに語らせると「学校から帰ると(母親が遊びに出かけているので)いつも一人で留守番だった」とか、「外出の口実にヨメを連れ出しておいて、ヨメを車中などに放置して遊びに出かけることが茶飯事だった」など、程度に幅はありますが、恨み言めいたエピソードが次々と出て来ますし、他にも「自分大事」な人にありがちなコミュニケーション不全なエピソードには事欠きません。
- 「自分大事」な人は、人の話を聞かない
これはヨメがなめられているからかもしれませんが、ヨメが何らかの情報を母親に語る→その場はスルー→しばらく経ってからまったく同じ情報を「自分から」の情報としてヨメに語る、ということが多々 - 「自分大事」な人は、自分が疎外される事をなにより嫌う
ヨメの母親は、自分の目の前で行われている会話をスルーする事が出来ません。
割り込んで来るだけならまだしも、目の前で興味の無い会話が行われると途端に不機嫌になったりもします。
共有できる話題が無いので、ヨメの母親の前では会話が途絶えるのですが、それを「ヨメがやきもちで会話を禁じている」などと言われた時には言葉を失いました - 「自分大事」な人は、自分の行為は感謝されないなどとは決して考えない
される側の都合を考えずに行った(自分がしたかったから行った)行為なのに、感謝がないと不機嫌になります。
(逆の場合には感謝どころか嫌みや皮肉で返される事もあるのでたまりません)
話に戻します。
ヨメも馬鹿ではないので、自分の母親が「母親」で無い事に気付いてからは、母親が「母親」であることをかざして接して来るとそれなりに反発もしてきたようですが、ヨメが子供だったと言うだけでも勝負にならない所に加えて、相手が悪すぎて基本的なコミュニケーションを成立させる事も出来なかったようです。
というより、何十年も「自分大事」を押し通してきた剛の者の、強化「何事も自分に都合良く解釈しちゃうぞ」脳と、強化「どうしても都合の悪い事はキコエナーイ」フィールドに阻まれて、まともに取り合わせることすら出来ないとでもいうか。
子供時代の恨みつらみに加えて、20年ちかく何を言っても「また何か我がままを言っている」程度であしらわれ続けたせいだと思いますが、ヨメが母親に抱く感情は単純なものではありません。
今風の用語で表現すればPSTDかと思います。
いまでこそ、母親が浮気(と推測される関係の)相手と密会する為に外出する口実として連れ出され、薄暗い駐車場や銭湯などで置き去りにされていた事を涙無しで話せるようになってはいますが、その事実に気付いた少女期のヨメの痛みは推測する事すら憚られます。
それを追求したヨメに対して「親であるよりも女」風の開き直りをされた事で更にえぐられたその傷は、「パチンコ店の駐車場に子供を置き去りにした母親が逮捕」といった報道に「なんでそんな事ができるか信じられないわ」などとヨメの母親がコメントするせいで、塞がるどころか未だに出血しています。
(上記以外にも、様々な形でつけられた傷を持っていて、それがまともにケアされていなかったせいで、ふとした事で一斉に血を噴き出すことがある。結婚して10年以上経つが、何度見ても(繰り返し語られる恨みつらみの語りに飽きはしても)慣れることは無いし、それを取り除く事ができないことでブルーにもなる)
......まとまらないので続く.....かも。
投稿者 Kobito : 2007年02月04日 00:32




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